朝ん歩する海岸に生えるハマウド。セリ科の多年草で私の背丈ほどになり、草としては巨大で存在感がある。冬は枯れて巨体がドーンと倒れていたのだが、根元から新しい葉が出ている。

根っこは枯れた個体と同じなのだろう。
ちなみに多年草とは、一回の植え付けで2年以上枯れずに花や実をつける草木植物のこと。
ハマウドは花を咲かせ種もつくるから、種からも増えるし、根茎が冬も生きていてそこから芽をだす。これを、繁殖力が強いというのだと思うが、周囲にこぼれ種から芽を出し育ったようなハマウドはない。種は何かに運ばれて、もっと遠くに飛んでいき、そこから芽を出すのだろうか。近くで芽を出し競合するより都合がよさそうだ。
1年生きたハマウドの茎葉は1年でお役御免になり、新しい茎葉に刷新される。
私やアンはハマウドが根っこから新芽を出すような遺伝子のつなぎ方をしない。
アンは避妊手術をしているから、子は生まれない。だけど一部アンと同じ遺伝子を持つ犬から、命はつながっていく。肉体は年をとり生きながらえることはしないけど、命はつながれていく。
私は60才あたりから、年を取るとはこういうことかと感じてきた。身体に不調があり医者に行くと、「加齢によるものです。受け入れましょう。」的なことを言われ続ける。最初はよくわからなかったが、だんだんそんなものかもしれないと、受け入れいれるようになってきた。
長く生きたいとばかりは思わないけれど、身体の衰えはあろうとも、楽しんで暮らしたい。ハマウドの芽吹きひとつも、わくわくしながら眺めている。日々ハマウドの若芽は育ち、初夏には花を咲かせ、蜜を求めてたくさんの虫がくるのだ。ハマウドは、私がそれを見ていようが見ていまいが気にしない。命をまっとうする。
ハマウドの和名は『浜独活』。独活でウドと読むんやね。海岸の風に耐える。