犬が犬らしくいられるとは、人と犬がいい関係で共に幸せとはどんなことだろう。
私は子供の頃、生き物が好きだった。田舎で育ち、身近な生き物を捕まえることが日々の遊びだった。生き物を飼って世話をするのが好きだった。生き物の生態や飼育法など、調べる方法がわからず、知りもせず、でも一生懸命に世話をした。たぶん、人と遊ぶより、生き物と付き合うことの方がおもしろかった。
動物園の飼育員さんになることにあこがれていた。大学は獣医学科に進学し、大学2年生の夏休みに、ある動物園で実習をさせていただいた。シンリンオオカミが好きで、日に何度も会いに行く。オオカミは狭い飼育展示場で行ったり来たりを繰り返していた。何時間も続く継続性の異常な反復行動―常同行動―は野生では見られない。動物園の環境エンリッチメントは日々進められている。
オオカミにあこがれる私は、犬も好きだ。いや、オオカミより犬が好きだ。犬はオオカミと祖先がいっしょで、人と一緒に生活してお互い影響しあって進化した。人と気持ちが通じ合う生き物だ。
子供の頃実家には犬がいて、私はその子たちが大好きだったが、犬のことは何も知らなかった。
自分の家族として迎えた初めての犬は私の希望で、シベリアンハスキーだった。私と夫、中学生・小学生・保育園児の三人の息子の家族として迎えた子犬はワイルドだった。宮崎駿監督の「もののけ姫」は、人の子(サン)を山犬(モロ)が育てたが、サンと名付けたハスキーの子犬の育ての母になるから、私のハンドルネームは「モロ」とした。
ハスキーブームで飼いだしたハスキーを、「思っていたのとは違う、しつけられない」と保健所に持ち込む人が多いという、ハスキーの受難時代に逆らいたかった。子供たちとサンがうまく一緒に暮らせることが必須だったので、家族5人と1頭で、地元の犬のしつけ教室に通いだした。
犬にブームがあること自体おかしな話だが、レトリバーブームでしつけ教室にはそういった犬が多かった。サンの社会化(人慣れ犬慣れ)を期待したが、うちには合わないしつけ方と思った。犬の行動学・心理学は日々進んでいるのだ。
そのうち、近くの高原で「犬ぞり大会」があるのを知った。サンのいいところを引き出せる方法なんじゃないかと思い参加した。知らないことだらけでスタートしたが、子供たちとサンとの絆が生まれるきっかけになった。「犬ぞり」というと、アラスカの雪原で、多頭の犬が鞭をあてられそりを引く苛酷なイメージを持たれるかもしれない。そうではない。私達は1頭引きのレースに出る。体重の軽い子供たちがマッシャー(乗り手)になる。ただそりに乗り犬に引っ張ってもらうのではない。スタート時や登り坂など人も足でこいだり、そりから降りてそりを押して走る共同作業。コースが分かっているのはマッシャー。マッシャーは後ろからサンに「ジー(右へ)ハー(左へ)」などとコマンドで指示を出す。だれも手伝ってくれない雪原での人と犬の共同作業。そり犬として育種されてきたハスキーの得意分野。レース終了後には、サンをねぎらい「ありがとうね」と感謝する。サンはマッシャーが誰だっていいわけじゃない。信頼するマッシャーじゃないとそりはひかない。走ることは大好きなので楽しいし、子供たちにねぎらわれて、うれしい。サンは遊んでいるの。子供たちも、サンを遊ばせているのでも、遊んでやっているのでもなく、いっしょに遊んでいるの。共同作業を楽しんで信頼関係が深まる。その関係は日常生活を幸せにする。
8才でがんを発病したサンの闘病介護は、私を中心に家族5人で行った。子供たちは皆サンに優しかった。過去を悔やむことなく、未来を悲観することなく、今をそのまま受け入れて、自分らしく生きるサンの姿を私は心に焼き付けた。
サンの次に迎えたのはボーダーコリーのハル。子供たちとの関係に悩んで、始めたのはフライングディスクキャッチ。人が投げたディスク(フリスビー)を、走ってキャッチして、投げた人に持ち帰る。これも犬と楽しめること。いっしょに遊ぶことで信頼関係が築かれていく。
日本聴導犬協会のしつけ教室で学び、ファントレーニングを実践した。ほめること、いっしょに遊ぶことは、人の心も、犬の心も幸せにする。
私たち夫婦が淡路島に移り住み、庭を開墾して芝生を植える2年の間、その横でハルは働いているつもりで楽しそうだった。 お仕事って飼い主との遊びなんですけどね。高齢で足腰が弱っていくと、マイペースで岡谷ガーデンをゆっくりゆっくり歩いたり木陰で涼んだりしていた。
サン(シベリアンハスキー♀2000-2008)












ハル(ボーダーコリー♂2005-2022)












メイ(ボーダーコリー♀2009-2011)









アン(ボーダーコリー♀2015- )















