お供えしていた鏡餅を下げた。少し早いけど、暖かい部屋で、お餅にカビが生えるのを避けるため。
すでに硬くなった鏡餅は、屋外でさらに干すことにした。ヒビが入り手でほぐせるようになるそうな。
この鏡餅は年末に、パン焼き機の「もち」機能でつくった。3合のもち米で大小作って、2段積み重ね、スダチを飾る。あと6合で小餅も作った。

子供の頃、臼と杵を使っての餅つきは、家族総出の大きなイベントだったと思う。前日からもち米を水に浸け、臼と杵は年一度の登場で、木製だったのでこれも水に浸けて用意する。割れちゃうらしくてね。
当日は、せいろでもち米を蒸す香りにわくわくした。わが家は7人家族で、祖父と父が、力を込めて餅をついていた。だから「力餅」っていうのかな。祖母と母がつきあがった餅を小さくちぎり(熱い)、子どもたちはそれを、さらにキレイに丸めるのだ。
丸餅なのは関西だと知ったのは、長野県に引っ越してからのこと。長野県ではついた餅は、ベターっと伸ばし、冷えてから四角く切ったように思う。
実家では、乾燥エビや黒豆を餅に混ぜて、のしもち→切り餅も作っていた。これは楕円形。
さてつきたてのお餅は、ちぎって大根おろしや砂糖をつけてまず食べる。丸めた餅は、お雑煮や、やきもちに。お餅は火鉢で焼いた!焼き方にコツがあり、上手にぷくーと膨れると嬉しかった。
で、お餅は食べた食べた。めちゃくちゃいっぱい食べた。血糖値スパイクなんて言葉も知らなかったよね。2024年は『令和の米騒動』で、お米の高値に反発して、私はお米を食べなくなった。昔あんなに食べていたお米を、食べなくなった。あんなにおいしいのにね。(今は食べています)
餅つき!火鉢!何年前?え?もう昔ばなしみたいに、なっちゃった。私も年を取ったもんだ。
今どきの私は、食べたいときに食べたい量だけ、餅を作る。のどに詰まらせちゃいけないと、注意しながら少しずつ食べている。
それでも、おいしいお米やお餅が食べれて、うれしい。自分はコメ農家じゃないけど、日本の米作りは大切にしなくちゃいけないと思っている。
災害時にはパック餅が重宝だけど、ふだんは餅をつくるのも楽しみだ。臼と杵はないから、機械で餅を作ったっていい。作った餅を冷凍しておいて、こんど石窯に火を入れる時に、焼いてみよう。火鉢で焼いた子供の頃の餅の味がよみがえるかもしれない。
時代は、「速さ」を一つの価値にするようになった。効率の悪いものは排除される。私の中のスピードと、世の中のスピードがかみ合わなくなってきた。効率が悪くても、大切にしたいものは大切にしていいんだよと、自分にいう。